2015年09月16日

8月 かみのやま温泉駅界隈


ひと足早いアートの秋。
国内屈指の中国漆工芸館、蟹仙洞。

2015年8月某日

01蟹仙洞玄関s.jpg00蟹仙洞イメージs.jpg08蟹仙洞団体玄関s.jpg
02蟹仙洞外観s.jpg17蟹仙洞堆朱s.jpg16蟹仙洞堆朱s.jpg
14蟹仙洞展示室@s.jpg18蟹仙洞堆朱s.jpg19蟹仙洞陶器s.jpg23蟹仙洞書会津八一s.jpg
21蟹仙洞写真高島屋s.jpg26蟹仙洞展示室As.jpg27蟹仙洞刀s.jpg31蟹仙洞絵本s.jpg

 今年は江戸川乱歩の没後50周年にあたる年らしい。乱歩といえば奇想天外なミステリー小説の巨匠だが、その素顔は無類の甘党で人間味あふれる人物だったようだ。お盆を過ぎ、先の猛暑が嘘のような涼しさが続く8月下旬。名残の夏へのオマージュに、乱歩がこよなく愛したという「氷すい」をいただきに、再び連れと上山へ。(詳細はこちらのブログを参照)
 山形新幹線のかみのやま温泉駅東口から車で数分。まず訪れた「蟹仙洞 かいせんどう」は、かつて上山で製糸業を営んでいた長谷川謙三氏のコレクションを集めた私設博物館。ここは希少な中国の漆工芸品や日本の刀剣や武具類など、重要文化財を含む約4,000点もの工芸品を入替展示している。
 閑静な住宅街でひときわ目を引く大きな土蔵を抱えた建物は、入口が団体客用と個人客用に分かれている。一軒家風の引き戸を開け中に声をかけると、現館主で3代目の長谷川浩一さんが笑顔で出迎えてくれた。
 2人分の入館料(おとな一人500円)を支払い、館内をご案内いただきながらお話を伺えば、国の登録有形文化財にも指定されている主屋は築90年。初代の住まいをそのまま開放したものだという。一風変わった「蟹仙洞」の名は美術品の収集を“横ばい”人生と称し、自らを蟹の性格に例えた初代の酔狂な遊び心らしい。
 磨き上げられた桂の廊下が美しい主屋と棟続きの洋館、豪壮な土蔵の3つに分かれた建物は、部屋毎に展示テーマが設けられている。寄木細工の床や大理石の水場など、ハイカラなデザインの洋館には、カメラを趣味とした初代が撮影した明治から大正時代の写真が飾られ、100年前の人々の活気あふれる営みが瑞々しいセンスで収められている。館のコレクションには質、量ともに全国屈指ともいわれる見応えのある中国の漆工芸をはじめ、刀剣類や武具、古民具、東北地方の郷土玩具や昔懐かしいキンダーブックなど、ジャンルを問わず集められた品々が並び、初代の人柄を偲ばせる。中でも潤みを帯びた肌加減が何とも艶めいた中国の明、清時代の堆朱コレクションは、見識のない私にさえその価値が分かる素晴らしさ。敷地内には、作家の井伏鱒二の短編「還暦の鯉」の着想の原点となった、齢60年の老鯉がいた日本庭園も見える。館主曰く、鯉はすでに天命を終えたらしい。いまは中国の草魚(そうぎょ)が池の主らしい黒光りする巨体を、晩夏の水面にゆらりと踊らせていた。

36上山コンチェルs.jpg33八幡神社s.jpg34八幡神社紅花地蔵尊s.jpg35八幡神社紅花地蔵尊s.jpg
49川芳s.jpg50川芳角煮ラーメンs.jpg51川芳角煮ラーメンs.jpg52川芳天ぞばs.jpg


「おくりびと」を生んだ、
名画のロケ地をそぞろ歩く。

 蟹仙洞から駅を挟んだ反対側、上山市の繁華街が広がる一角には、モントリオール映画祭でグランプリを受賞し一躍話題となった「おくりびと」(監督/滝田洋二郎 2008年作品)のロケ地「コンチェルト」もある。映画では静かな川沿いの路地にひっそりと建つ主人公夫婦の住まいだったが、実際にはかつての羽州街道で、現在の山形を縦断する交通の大動脈、国道13号沿いだ。現在、内部は不定期で公開しているようだ。晴れていれば、ここから遠く蔵王の山並みも見渡せる。「初雁かしら?」連れの言葉にふと空を仰げば、鈍色の空を静謐な映画のシーンのように数羽の編隊の鳥の群れが翔けてゆく。
 何気なく視線をそらした先には、延文元(1356)年の創建と伝わる「八幡神社」の姿も。毎年9月に行われる上山最大の「上山秋祭り」では、上山城の月岡神社と正八幡神社の合同による“三社神輿渡御行列”や“踊り山車”が運行されるのだという。
 かつて紅花の一大産地として賑わった上山には、紅花の健やかな生育を祈願し御札を求めては紅花畑に立てかける風習があり、神社の境内にはその面影をしのばせる「紅花地蔵尊」が、穏やかな尊顔で佇んでいた。
 昼食に訪れた「川芳」も「コンチェルト」のすぐそば。目印の幟の脇にある路地の階段を下りた先、という少々分かりにくい場所にある。こじんまりとした広さといい、媚を売らない店構えといい、どうやらかなり地元密着の“穴場”の雰囲気(笑)。県産蕎麦粉“でわかおり”を使用した二八蕎麦に、天ぷらがセットになった名物「いた天そば」(1,300円)は、濃い目のつゆとの相性もいい。《いた天そばは、そば好きのお客様へのサービスですので、お一人でお召し上りください》とメニューに書かれた注釈どおり、蕎麦の量はボリューム満点の2人前(笑)。連れがオーダーした「特製角煮ラーメン」(750円)も、鶏ガラと魚介にトロトロに煮込んだ角煮の甘さと八角の風味が食欲をそそる味わいだった。


53二日町共同浴場s.jpg38栗川稲荷神社s.jpg43栗川稲荷神社s.jpg44栗川稲荷神社02s.jpg
44栗川稲荷神社s.jpg46栗川稲荷神社s.jpg47栗川稲荷神社s.jpg48栗川稲荷神社s.jpg

湯町が育む賑わいと祈り。
素朴な共同浴場と鎮守の森。

 八幡神社の裏路地には“あいさつ浴場”の愛称で知られる「二日町共同浴場」もある。この名は、地元の人が挨拶をしながら入ってくることに由来する何とも微笑ましいものだ。上山に7つある共同浴場の中でもここは比較的新しく近代的な造り。入浴料(おとな一人150円・洗髪券は別途100円)を支払い、早速、ひと風呂。タイル張りの明るい浴室には温度の異なる浴槽が2つあり、ジャグジーも付いている。上山でも一番、と評判の熱い湯船は、肌慣れた地元のひとでも、なかなか長湯ができないという、平伏の熱さだった(笑)。
 どんよりとした雲行きを気にしながら、湯上りのほてり冷ましに訪れた「栗川稲荷」は、今なお商人の信仰を集める霊験あらたかな古社だ。
 伝説によれば、1697(元禄10)年、松平信通の上山への移封が決まった際、宿泊した利根川前の本陣で信通の夢枕に稲荷神の化身が立ち、川の大洪水を知らせたのだという。以来、宿場町(武蔵国北葛飾栗福)の名であった“栗”と利根川の“川”に因み「栗川稲荷」と名付けられたようだ。温泉街のはずれの高台にありながら、深い鎮守の森に抱かれた境内は、信者が奉納した1,000余基もの赤鳥居や石灯籠が立ち並ぶ異世界。ちいさな鈴がびっしりついた拝殿の鈴緒も、信仰の篤さを物語る。伺えば「栗川稲荷」は山形には珍しい規模を誇る稲荷とのこと。なるほど、そう言われれば、狛狐の表情も気品に満ち、どこか雅やかに見えるから不思議なものだ(笑)。

54浄光寺s.jpg55浄光寺s.jpg56浄光寺s.jpg
59浄光寺庭園s.jpg57浄光寺庭園s.jpg

雨を呼ぶガマ寺の蓮池。
歴代城主が眠る密かの名庭。

 「浄光寺の庭園はご覧になりましたか?」ふと、蟹仙洞の長谷川さんの言葉が脳裏をよぎる。氏によれば、蟹仙洞の入口脇にあった藤の大木は、かつて上山藩家老の屋敷にあったもので、歴代藤井松平家の菩提寺で、以前、桜参りでも訪れた「浄光寺」ゆかりの古木だという。(詳細はこちらのブログを参照)寺は上山にある寺院の中でもその名園で知られ、春先には数百匹ものガマガエルがどこからともなく集まることから、別名「ガマ寺」として親しまれている。
 季節を違えて訪れた「浄光寺」は、ポツリポツリと降り出した雨のなか、晩夏に抗う鮮やかな緑に縁どられていた。目指す庭は寺が秘匿する至宝のように、表側からは見えない本堂の裏手にある。
 美しい。その想像を超える姿に、一目で虜になる。背後の山を借景に、風に応える竹林がたおやかな絵画を描く庭には、刈り込まれた躑躅や紅葉、百日紅が配され、庭全体を写し撮るかのように、大きな蓮池が水鏡のように広がっている。天に向かい聳える竹林や杉のタテの景観と、左右に横たわる池のヨコの広がりが、ゆったりと伸びやかでどこか天真爛漫。恣意的な風情なのだ。 
 この庭の作庭は、“沢庵”の漬物でも知られる沢庵禅師(詳細はこちらのブログを参照)で、京都龍安寺の裏庭と桂離宮の庭園をそれぞれ模したものだという。上山を訪れた際は、是非、四季折々のこの庭の美しさに触れて欲しい。

ね山城屋s.jpgひ山城屋s.jpgふ山城屋s.jpg
に玄関やまごぼうs.jpgぬ玄関やまごぼうs.jpgあ客室夕景s.jpg
か夕食s.jpgけ夕食s.jpgち夕食s.jpgう夕食s.jpg

行き合いの季節を旅する、
情趣にひたる上山ぶらり。

 雨足の強さに後ろ髪をひかれる思いで庭を後にし、目的の「氷すい」をいただきに「山城屋」を再訪。
 館はしっとりと露に濡れ、絵になる木造建築がつややかな緑に水彩画のような趣を奏でている。湿気を帯びた草いきれに包まれる2階の部屋で、いちご雪と山ぶどうを贅沢に使った「ミックス」(950円+ミルク50円)と、地元産の橙黄色トマト“桃太郎ゴールド”の「とまと」(870円)の「氷すい」を注文。好みで岩塩をかけていただく「とまと」は夏の記憶を辿るような、ほんのりと甘く優しい風味だ。
 葉山館のアプローチでは、露に濡れた山牛蒡の実がお出迎え。定宿の気軽さでフロントに挨拶を交わし、部屋で寛ぐ頃には雨も止み、初秋めいた涼風が、せまる夕暮れに蔵王の稜線を溶かしていく。
 じっくりと長湯を楽しんだ後でいただいた夕膳も「天然鮎の塩焼き」や「完熟トマトと新玉葱の鴨鍋」など、移りゆく季節の滋味。行き合いの風情を引き立てる、時を重ねた25年熟成の米焼酎「シーハイル蔵王」で、今日の思い出を振り返ってみる。
 平安時代から愛され、清少納言の「枕草子」にも“あてなるもの(上品なもの)”として登場する「氷すい」。“すい”とは、いわゆる“砂糖水”のこと。山城屋での今夏の「氷すい」も無事、食べ納め(笑)。夜の深まりとともに、またしとしとと降り出した子守雨を仰ぎ、山川草木を育む文字通り“甘露”なる天の恵みに思いを馳せる。今年もまた、上山の美しい秋がやってくる。





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2015年05月30日

4月 桜の湯街かみのやま、春逍遥

待ちわびた春の到来に
桜の湯街のあで姿を訪ねて。

2015年4月

 春の気配とは無縁の12月に、花屋の店頭を彩る淡いピンク色の桜があるのをご存知だろうか。啓翁桜だ。山形県は昭和40年代半ばから全国に先駆けてこの桜の促成栽培を手掛けた産地で、国内第一位の生産量を誇る。上山はこの啓翁桜の主な産地としても知られる、まさに桜の街だ。
 冬枯れの景色の中ではなかなか気付けないものの、4月半ば過ぎを迎えると温泉街のあちこちで思わず足を止める見事な桜の姿を見ることができる。風情あふれる城下町に似合う桜が奏でる絵画を、湯めぐりとともに愛でつつ歩く。これが春の上山歩きの贅沢だ。今回は、エリア毎にコンパクトに楽しめる温泉街の主な桜の見どころをご紹介したい。

↓かみのやま温泉 桜イラストMAP
★上山桜イラストマップ葉山舘入.jpg★上山桜ガイドマップ葉山舘入.jpg

07松尾山観世音★s.jpg02松尾山観世音入口の桜★s.jpg05松尾山観世音★s.jpg
10権現堂のしだれ★s.jpg13長勝寺★s.jpg
18高仙寺★s.jpg15高仙寺★s.jpg20熊野神社★s.jpg

◎かみのやま温泉駅東側(三吉山・須川周辺)

<松尾山観音の桜> 
 蔵王温泉へと向かう県道21号線の入口、蔵王半郷にある寺。奈良時代の和銅年間(708〜715)の創建で本尊の聖観世音菩薩は行基の作と伝わる。最上三十三観音の第九札所。素朴ながらも品格のある茅葺き屋根のお堂は国重要文化財指定。太鼓橋のかかる小さな庭園のある境内には、市指定の天然記念物のエドヒガンザクラの古木とカツラの木がある。周囲には桜を眺めながら歩く参道や、清らかなせせらぎも広がり心和む佇まい。
<権現堂の桜> 
 蔵王温泉へと続くもうひとつのルート、県道14号線沿いの権現堂公民館の敷地内にあるシダレザクラの巨木。高さ約13m、根回り約6m、推定樹齢500年。紅色の花弁がまるで優美な晴れ着を着ているように見えることから、別名「振袖桜」とも呼ばれる。村山地方を代表する一本桜の名木。
<長龍寺> 
 権現堂から数分程、県道14号線を登った場所にある、ムカサリ絵馬でも知られる古刹(詳細はこちらのブログを参照)の境内のシダレザクラ。推定樹齢350年。上山市街地から100m以上も高地に位置するため開花時期はやや遅め。
<高仙寺> 
 上山市街地の東、上山市仙石地区の山の中腹にある寺。境内にある推定樹齢200年のシダレザクラの古木は、高さ約10m、枝張り約13m。空に開いた巨大傘のような美しい冠状の樹形は華やかさがある。市指定文化財。
<熊野神社>
 高仙寺の東隣に建つ社。鬱蒼とした杉林に囲まれた境内の社殿脇には枝ぶりも見事なシダレザクラの巨木が静寂の中に佇んでいる。

24糸目観音堂★s.jpg25刈田峯神社★s.jpg27御幸公園★s.jpg28御幸公園★s.jpg31御幸公園★s.jpg

<糸目観音堂>
 国道13号線から狭い道を登った、懐かしい面影の残る里山の斜面でひときわ目を引くエドヒガンザクラ。地元で古くから信仰を集める十一面観音像を祀る小さな御堂と周囲の長閑な景色は昔話の世界。
<刈田峯神社>
 吉野の蔵王堂から分霊され寛元元(1243)年に勧請。高仙寺の西、国道13号線から少し入った場所にある神社。背後の山を借景にひっそりと立つ3本のシダレザクラの古木は、知る人ぞ知る静寂のスポット。
<みゆき公園の桜並木>
 明治天皇の休憩地(行在所)だった事を記念して名付けられた公園。芝生が広がる園内には上山出身の歌人、斎藤茂吉の遺品や遺稿、遺墨、自筆の書簡等を展示する「斎藤茂吉記念館」(詳細はこちらのブログを参照)がある。高台に建つ公園からは雄大な蔵王連峰のパノラマが楽しめ、山形新幹線、奥羽本線が公園脇を通り小さな駅も直結。駅をつなぐ道は200本もの美しい桜並木のトンネルで知られ、花の見頃には残雪の蔵王連峰と桜並木の色鮮やかなコントラストが楽しめる

34三吉山★s.jpg36金剛院★s.jpg37金剛院★s.jpg39金剛院界隈★s.jpg41須川河岸堤★s.jpg42須川河岸堤★s.jpg
43旭昇桜★s.jpg45花咲山★s.jpg46花咲山★s.jpg

<三吉山のシンエイザクラ>
 三吉山は上山市街地の東にそびえる標高574mの山。温泉街で取り組む「かみのやま温泉クアオルト」(詳細はこちらのブログを参照)の里山コースのひとつ。山頂には天保8(1837)年に秋田の太平山三吉大明神から分霊勧誘した三吉神社があり、石鳥居のある中腹までは車で行くことができる。遠く月山、葉山、鳥海山の素晴らしい眺望が広がる山頂に咲く淡紅白色のシンエイザクラ(信英桜)は、日本でもここにだけしか自生しない稀産種として知られ、赤い若芽と花弁の色のコントラストが美しい。
 中腹から山頂までのびる高低差273mのウォーキングコースルートは3つあり、杉木立やアカマツ、サクラなどの高木林や「岩海」と呼ばれるガレ場など変化に富んだ景色が楽しめる。山頂からは尾根づたいに連なる葉山(標高687m)への縦走コースもある。
<金剛院>
 三吉山の麓に位置する寺。桜は石段を登った本堂の手前と裏手にある。本堂の裏には小ぶりながらも手入れされた池泉式回遊式庭園が広がる。寺の周囲を流れる須川の支流沿いにも美しい桜が林立し、涼しげなせせらぎの音色のなか、れんぎょうや椿とのカラフルな色彩が楽しめる。
<須川河岸堤の桜並木>
 桜を愛する地元の有志、須川河岸に桜を植える会(須桜会)が昭和30年代に植樹した桜並木。整備された河岸に樹齢50年を超える木々が連なる沿道は、花の季節には見頃なピンク色の光景が広がる。
<旭昇桜>
須川の2本の支流が合流する間の河川敷にある一本桜。1960年に旭町子ども会が記念植樹したソメイヨシノで、横綱が土俵入りで見せる姿のように左右に広がった見事な枝張りは市内随一と言われ風格も満点。
<花咲山>
 葉山舘のある葉山温泉街のすぐ裏手に位置する小山(詳細はこちらのブログを参照)。「かみのやま温泉クアオルト」のウォークングコースのひとつ。桜回廊と称された頂上へと続く約1時間程度の散策路には桜が植樹され、ウォーキングしながら花見が楽しめる。

70月岡公園★s.jpg62月岡神社★s.jpg63月岡神社沢庵桜★s.jpg
65上山城★s.jpg64上山城★s.jpg67月岡公園★s.jpg
69月岡公園★s.jpg71月岡公園★s.jpg75観音寺★s.jpg
78武家屋敷通り★s.jpg81湯町足湯★s.jpg92法圓寺★s.jpg

◎上山城・湯町・十日町周辺

<上山城と月岡公園>
 約80本のソメイヨシノの古木がある上山城周辺(詳細はこちらのブログを参照)は観桜の名所。開花時はライトアップされた桜と天守閣が映し出され幻想的な姿を見せる。展望台から望む蔵王の雄姿と、眼下に広がる桜絵巻は秀麗。敷地内にある無料の足湯に入りながら、のんびりお花見を楽しむのもおすすめ。
<月岡神社の沢庵桜>
 天守閣に隣接し、明治11(1878)年に勧請された月岡神社は江戸時代中期から明治維新にかけ上山藩の藩主を歴任した藤井松平家の始祖の松平利長公、2代目で家祖となった松平信一公を祀る社。花の見頃となる毎年4月24・25日には前夜祭、例祭が催され、地元の人々で賑わう。境内には京都から配流された高僧、沢庵禅師ゆかりの沢庵桜もある。 
<武家屋敷通り>
 藩政時代の趣をそのままに残した武家屋敷通りも上山城とあわせて楽しみたい桜スポットのひとつ。毎年3月には上山市産の啓翁桜をアピールする「かみのやま桜フェス」が武家屋敷の三輪家、旧曽我部家、長屋門ギャラリー(十日町)で開催され、ひと足早い春の装いにあふれる。
<上の山観音(通称/湯の上観音)>
 すぐそばにある観光客にも人気の「下大湯公衆浴場」(詳細はこちらのブログを参照)の湯気のため、市内で最も早く咲くサトザクラがあることで有名。古き良き時代の佇まいが残る湯町には無料で楽しめる足湯や、地元の人が通う共同浴場もあり、花見をしがてらの気ままな湯遊びもできる。
<法圓寺>
 羽州街道(十日町)を挟み上の山観音寺と対極に位置する川沿いの古刹。堂々たる山門や格式を感じる本堂等の佇まいもさることながら、境内の奥にある見事な枝ぶりの松がひときわ目を引く庭園美でも有名。庭園の桜は昭和32年の河川工事で切り倒された両岸の桜並木の名残を唯一留めている。

49栗川稲荷★s.jpg47栗川稲荷★s.jpg48栗川稲荷★s.jpg
50石崎神社★s.jpg53西光寺★s.jpg60西光寺★s.jpg

◎上山城西側周辺 

<栗川稲荷>
 かみのやま温泉街のはずれの高台に鎮座する稲荷神社。元禄10(1697)年、備中国庭瀬の城主、松平信通公が上山城主として赴任した際、信仰していた稲荷を移したのが由来とされる。幾重にも連なる赤い鳥居とソメイヨシノやエドヒガンザクラのコントラストが美しい。
<石崎神社>
 栗川稲荷神社のすぐそばにある神社。参道の石段を覆うように広がる桜が春には花のトンネルになる。境内には遊具もあり、毎年7月に開催される例祭、通称「お天王さま」では夜店も立ち並び、地元の子供たちで賑わいを見せる。
<西光寺>
 石崎神社の東にある西光寺には樹齢200年、市内最大級の樹冠のエドヒガンが自立し、満開時になると朱塗りの山門が桜で覆い尽くされる。本堂前にはソメイヨシノの大木もあり、双方が市の保存樹に指定されている。

82寿仙寺★s.jpg83寿仙寺★s.jpg84寿仙寺★s.jpg85寿仙寺★s.jpg
86浄光寺★s.jpg87清光院★s.jpg88清光院★s.jpg

◎国道458号線周辺

<寿仙寺>
 国道を挟み湯町と向かい合う地区にある古刹。出羽十三佛札所。境内の老木と里山の新緑の調和が美麗。本堂へと真っ直ぐと伸びる参道脇に建つ地蔵堂がある。手入れされた端正な佇まいと庭木、庫裏の白壁と桜のバランスは静謐な風格。
<浄光寺>
  寿仙寺のすぐ近く、豪壮な山門がひときわ目を引く寺は長禄3(1459)年、上山温泉を発見した月秀上人が阿弥陀如来像を安置し開山したと伝わる。元禄10(1697)年、松平信通(藤井松平家当主)の上山藩入封とともに歴代藤井松平家の菩提寺として隆盛。境内にある庭園は沢庵禅師が作庭したもので、京都龍安寺の裏庭と桂離宮の庭園をそれぞれ模したものとされる。別名「ガマ寺」とも呼ばれ、春先には数百匹ものガマガエルがどこからともなく集まると言われる。寺の風格を表すソメイヨシノの巨木が山門と境内と墓地に佇んでいる。
<清光院>
 神道大教の施設で、桜の大樹が佇む建物裏手の高台からは、花越しに上山市街地と蔵王の山並みを望むパノラマが楽しめる。

94龍神桜へ途中★s.jpg97龍神桜★s.jpg98龍神桜★s.jpg

◎その他

<龍神桜> 
 上山市街の西、高松地区からの狭い一本道をひたすら登った三方山の高地にひっそりとある過疎集落、竜沢地区にあるエドヒガンの一本桜。県内最大級の大きさで推定樹齢300年以上。標高の高さから麓よりも開花時期が遅く、例年、見頃は5月のGW頃。近年は鳥による花芽被害も出ている。集落へ向かう途中には、かつての分校跡で公民館として使用された廃校など、世俗と隔離された雰囲気が漂う。

DSC04396山城屋昼★s.jpgDSC04898山城屋★s.jpgDSC04913山城屋★s.jpgDSC04728山城屋★s.jpg
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DSC04843山城屋★s.jpgDSC04803山城屋★s.jpgDSC04709葉山舘の朝★s.jpg

城下町が奏でる花の絵画。
目に舌に芳醇な旬との出会い。

 上山には天守閣をはじめ古い町並みや歴史ある寺社仏閣が立ち並び、見応えのある巨木など絵になる情景に事欠かない。またソメイヨシノ、エドヒガン、シダレザクラ、サトザクラ等の多様な種類に加え、盆地ならではの標高差も影響し、長い期間さまざまな桜との出会いが楽しめる。上山で花見をするなら一度で欲張らずに、ぜひ時間をかけて移り変わる春の新緑とともに度々訪れてみてはいかがだろう。
 花詣でのひとやすみには、葉山館がもてなす斎藤茂吉ゆかりの「山城屋」(詳細はこちらのブログを参照)で旬の味わいにも舌鼓を。ここでは地元野菜にこだわった手軽なランチから、県産ワインも楽しめる本格的ディナーを用意している。ディナーは葉山館の宿泊客も利用でき、連泊するにもうれしい趣向だ。
 7月からは昨年も好評だった「氷すい」もいよいよスタート。茂吉が愛した蔵王の山々を眺める趣たっぷりの高楼で、季節が届ける空の気配や風の香り、光の佇まいをぜひ、惜しみなく楽しんでいただきたい。




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2015年03月14日

2月 山形蔵王樹氷ツアー

闇夜に浮かぶ大自然の幻想美。
蔵王樹氷回廊ツアー。

2015年2月某日

01蔵王ナイトツアー01s.jpg02蔵王ナイトツアー02s.jpg03蔵王ナイトツアー03s.jpg
04蔵王ナイトツアー04s.jpg06蔵王ナイトツアー06s.jpg07蔵王ナイトツアー07s.jpg08蔵王ナイトツアー08s.jpg10蔵王ナイトツアー11s.jpg11蔵王ナイトツアー14s.jpg

 ロープウェイ設備が充実している「山形蔵王温泉スキー場」の樹氷鑑賞は昼と夜、さらに地上または天空からと、時間や視点を変え立体的に楽しめることでも人気がある。ここ数年、当たり年が続いている蔵王の樹氷。ツアーも終盤の2月。順調に育てばその大きさがピークになる季節と知り、未だ知らないその勇姿に逢いに行くことにした。
 目的の雪上車でのナイトツアーは要予約(蔵王ロープウェイ tel.023-694-9518 ※2015年は終了)。始発便を利用すれば、かみのやま温泉に19時には到着できる。今回は葉山舘に連れとのんびり2泊し、昼と夜の双方を欲張りに楽しむ算段だ。
 まずは「蔵王ロープウェイ」の蔵王山麓駅で雪上車ツアーのチケットを購入(おとな3,800円 ※往復運賃)。例年、樹氷のライトアップは12月後半から3月上旬まで開催されている(おとな2,600円 ※往復運賃)。そのうち「樹氷幻想回廊」と名付けられた雪上車ツアーは2月末までの実施だ。
 夕暮れの気配が漂い始める17時。標高855mの蔵王山麓駅から横倉ゲレンデを傍らに眺めるロープウェイに乗り込み、ブナや岳樺の霧氷を眼下に望みながら一路1,331mの樹氷高原駅へ。ここからは、ナイトクルーザー号こと雪上車に乗り換え、陸路でさらに上の樹氷原を目指す。頑強なキャタピラのついた雪上車は、排気量12,800ccのタフなドイツ製。同乗ガイドによれば、もともと圧雪車だったものをツアー用に改造したのものだという。定員36名の乗車キャビンは暖房完備で、2m以上もある車高からの眺めは爽快だ。
 若者で満員の賑やかな車内に揺られること約15分。鑑賞ポイントへ到着。吹雪めいた天候の中、真白な雪原にやっと慣れてきた私たちの目に飛び込んできたのは、巨大にして愉快な“おばけ”の大群!高さ5m程は軽くある。夕暮れの青い闇の中、カラフルなカクテル光線の舞台にエンターティナーのように浮かび上がる、奇妙で神秘的なその姿に、参加者全員が大興奮(笑)。聞けば樹氷の元となるアオモリトドマツに、奇跡的な自然条件が幾つも重なって生まれる樹氷は、一時の雨であっという間に溶けてしまう非常にデリケートな造形物だという。この大きさに成長したものを間近で鑑賞できるのは、まさに幸運そのもの。晴れていれば、眼下に上山市街の夜景も見えるらしい。スタート地点の山麓駅から往復60分程度で楽しめる雪上車ツアーは、手軽で気軽な必見観光だ。
 樹氷駅への帰路、車窓に背の低いコブのような樹氷群を発見。ガイドに訊ねると五葉松だという。アオモリトドマツと異なり枝がしなりにくい五葉松は、積雪の重みに耐えぽってりと丸い形になるらしい。その愛嬌ある姿はモンスターと呼ぶにはあまりに可愛らしかった。

12葉山舘客室s.jpg16葉山舘夕食s.jpg17葉山舘夕食s.jpg
18葉山舘夕食s.jpg19葉山舘夕食s.jpg20葉山舘夕食s.jpg

五感を愉しむ旅の定宿で
美味饗宴の冬あそび。

 蔵王から葉山舘へは約30分の好アクセス。予定通りの時刻に到着し「樹氷はいかがでしたか?」と、委細承知で迎えてくれたスタッフの方に感想を報告。部屋の風呂で軽く体を温めた後、スタンバイ万全な(笑)腹具合とともに、楽しみの夕食へと向かう。
 テーブルに添えられた品書きに早速、目を落とせば、A5ランクの山形牛に、伝統野菜の置賜雪菜を使った米沢藩の陣中料理「冷や汁」、ぶどう海老や寒鱈白子、ふぐ、ズワイガニなど、これぞ冬の日本海!と小躍りしたくなる酒党垂涎の名が連なっている。
 今夜も2つずつ用意された肉、魚、御飯の料理から、それぞれ夫婦で違うものをセレクト。食前酒には山形産の梅とライスパワーエキスをブレンドした純米酒ベースの「虎屋之梅酒」をオーダー。一頭からわずか数100gしかとれないという幻の赤身「山形牛ミスジ焼き」のキリっと濃厚な甘みといい、舌の上でとろける「寒鱈白子の揚げ出し」といい、ひと箸ごとに喜々とする美味にすっかり酩酊(笑)。蓋を上げた瞬間、ふわりと鼻孔に届く芳しい湯気。一客の椀の中に広がる見事な絵画。いつもながら、宿のクリエイティブな感性には恐れ入る。

21客室早朝眺望s.jpg22客室雪見風呂s.jpg23葉山舘朝食s.jpg
24葉山舘朝食s.jpg25葉山舘朝食s.jpg28蔵王デイツアー02樹氷橋よりs.jpg

吹雪と寒さと愉快さと。
空中散歩のデイライト鑑賞。

 翌朝、部屋の眺望風呂を堪能しながら空の機嫌をうかがえば、昨日にも増して不安な曇天。ボリュームたっぷりの朝食の豚汁をいただきながら、蔵王の天気を連れと相談すれば「とりあえず行ってみましょう」との楽観レスポンス(笑)。連泊の気軽さで宿に荷物を残し、再び蔵王へと車を走らせる。途中、立ち寄ったビューポイント「樹氷橋」からは、白い靄に佇むガラス細工のような木立が冴え冴えと佇んでいた。
 昨日と同じ蔵王山麓駅にて、今日はデイライトのチケットを購入(大人2,600円)。優雅な空中散歩で昼の樹氷を楽しめるデイライト鑑賞は、ロープウェイで一旦、樹氷高原駅まで登り、そこからさらにゴンドラに乗り換え、標高1,661mの地蔵山頂駅を目指す。山麓駅から約10分おきに便のあるロープウェイは予約も不要。その日の天候でぶらり楽しめるのも、充実のインフラ設備を誇る蔵王観光のありがたさだ。
 今日の山頂は視界が悪い、と聞いてはいたが、乗り込んだゴンドラは上下左右も分からなくなりそうな、不思議な浮遊感のホワイトアウト状態(笑)。時折、強風に吹き飛ぶ靄の隙間から一瞬、眼下が見えるものの、かなり絶望的な先行きだ。

29蔵王デイツアー05地蔵山頂s.jpg34蔵王デイツアー10地蔵山頂s.jpg31蔵王デイツアー04地蔵山頂s.jpg
30蔵王デイツアー06地蔵山頂s.jpg32蔵王デイツアー08地蔵山頂s.jpg35蔵王デイツアー11地蔵山頂ドラエ樹氷s.jpg
36蔵王デイツアー12地蔵山頂坦々麺s.jpg37蔵王デイツアー13地蔵山頂紅花ペペロs.jpg38蔵王デイツアー14レストラン山頂s.jpg

 到着した山頂駅は、想像どおりの吹雪。晴れていれば屋上の展望台から山形市街や上山市街、鳥海山や宮城県側の熊野岳といった大パノラマも楽しめるらしいが、今日はさすがに封鎖されている。仕方なく圧雪された周辺の雪原を安全ロープのあるギリギリまで散策。「開運の鐘」から少し歩いた先には、山名の由来にもなった高さ2mを超える「蔵王地蔵尊」が、すっぽりと首まで雪に埋もれ鎮座していた。ふと気付けば、少々着膨れしたモアイ像を思わせる奇怪な白い樹氷群が、寒さに震え上がる私たちをじっと凝視している(笑)。
 気まぐれな山の天気の回復を願いつつ、そのまま山頂駅のレストランで「坦々麺」と「紅花ペペロンチーノ」で昼食休憩。樹氷原に面し大きく窓がとられたレストランからは、おそらく素晴らしい眺望が広がるのだろう。国際大会も開催される東北屈指のスキー場らしく、室内は数か国語の言語が飛び交い、まさに海外ロッジのようだ。
 落胆ムードでゴンドラで降りる帰り道、少し視界を取り戻してきた景色に目を落とせば、もうだいぶ標高が低いようだ。眼下にはアオモリトドマツの面影を残す、すらりと背の高い樹氷原が顔を見せてくれた。付近は初夏から夏にかけ水芭蕉やキンコウカ、ワタスゲなど高山植物の宝庫だという。地上から楽しむ足元の自然鑑賞も楽しいに違いない。

39蔵王デイツアー16高原駅へ下りs.jpg44蔵王デイツアー20高原駅界隈大兎s.jpg43蔵王デイツアー21高原駅界隈s.jpg
40蔵王デイツアー17高原駅界隈s.jpg48蔵王温泉01s.jpg51蔵王温泉08下湯s.jpg52蔵王温泉07下湯s.jpg
53蔵王温泉06下湯s.jpg57蔵王温泉12湯川s.jpg56蔵王温泉10上湯s.jpg50蔵王温泉03s.jpg

詩情あふれる雪景散策。
蔵王が誇る歴史のいで湯。

 再び降り立った樹氷高原駅は、天上の荒れ模様が嘘のような穏やかさ。スノードームさながらの美しいその世界に思わずゲレンデまで足を伸ばしてみれば、ところどころに高さ5m以上ある樹氷らしき木立も発見。中には雪原に立ち上がった高さ10m程もある巨大な“ ウサギ ”(!)の姿も(笑)。山頂駅から麓のゲレンデまで伸びた全長約9,000mの通称、樹氷原コースは、パウダースノーの雪質の中、樹氷原を見ながら贅沢なロングクルージングが満喫できるコースとしても人気だ。
 その後、スタート地点の山麓駅までさらに下山し、連れのリクエストで急きょ向かった蔵王温泉は、古く“奥羽三高湯”と呼ばれた名湯。開湯1,900年を数える歴史は、今なお、独特の硫黄臭を放ちながら街のあちこちで放流される湯量豊富な温泉の姿にみてとれる。街には昔ながらの3つの共同浴場も点在し、地元はもとより、冷えた体を温めに訪れるスキー客にも広く愛されている。
 そのひとつ、“ どんどんびき ”と呼ばれる、温泉と山水が混ざり合い轟音をたてて流れる川の傍にある「下湯共同浴場」へ。建物の脇には無料の足湯や手湯もある。入口の湯銭箱に入湯料代わりの寄付金(200円〜)を払い、昔懐かしい鄙びた風情の風呂で少し熱めの湯に身をあずければ、冷えた体にじん、と強い湯質が染みわたる。
 付近は狭い路地や石段も見える神社など、しっとりと落着いた雰囲気だ。石畳を駆け抜けてゆく、スキー合宿中らしい子供たちのカラフルなウェアが、単色の湯街にひと足早い春の彩りを添えていた。

59十日町雪景色08s.jpg62十日町雪景色10s.jpg72十日町雪景色25s.jpg
66十日町雪景色15s.jpg68十日町雪景色20中湯s.jpg71十日町雪景色22s.jpg69十日町雪景色21s.jpg
70十日町雪景色23s.jpg64十日町雪景色11愛宕神社s.jpg58十日町雪景色07s.jpg61十日町雪景色09鷽s.jpg

歴史を語る街道のまちで
旅の温もりをあたためながら。

 葉山舘に戻りがてら、以前訪れた十日町界隈をまたぶらりと再訪(詳細はこちらのブログを参照)。かつて奥州街道と並び、東北の大動脈として賑わった羽州街道の十日町は、表向きは一見、昔ながらの商店街だが、一本裏通りに入れば、かつての隆盛を物語る立派な蔵や洋館、古い日本家屋を密かに擁し、細長く奥行きのある城下町ならではの町割りがそのままに残されている。人影もまばらで、厚く降り積もった雪がその鄙びた情緒を一層あらわにする冬は、散策におすすめの季節かもしれない。街には観光客に人気の「下大湯」(詳細はこちらのブログを参照)をはじめ、ひっそりと隠れるように佇む対照的な「中湯」など、魅力異なる共同浴場も点在。上山城や武家屋敷とはまた異なる“ 生きた上山の歴史 ”が今も静かに時を重ねている。
 頭上に見える上山城を仰ぎながら、ふと気配を感じて梢に目をやれば、赤いマフラーをした愛らしいウソの群れが、まだ堅い花芽をつまんでいる。見知らぬ私たちにも元気に挨拶をしてくれる、下校途中の子供たちに笑顔で言葉を返しながら、ふと“ 先人は3粒の種を撒く ”という言葉を思い出す。1粒は人のため、1粒は地面の生き物のため、もう1粒は鳥のため---。
 “ 旅 ”とは“ 他火 ”。他所で出会うもてなしに生かされていることを感じ、ふるさとの素晴らしさに改めて気付く、そんな自分回帰だ。名の知れた観光地から、慎ましく時を歩む佇まいまで。時をかけてゆったりと暮らすように上山を味わえば、知られざる秘密のような、冬の美しさが微笑んでくる。ふるさとの温かさで迎えてくれる定宿で、嗚呼、今夜はどんなもてなしに逢えるだろうか。



posted by kaminoyamaaruku at 15:34 | 日記 | 更新情報をチェックする

2014年12月25日

12月 上山七福神めぐり

雪景色の御朱印行脚。
ご利益願いの上山七福神めぐり。

2014年12月某日

01長龍寺.jpg02長龍寺.jpg03長龍寺寿老尊.jpg
06長龍寺ムカサリ.jpg79圓通寺.jpg09下大湯雪.jpg
87上山城と櫓.jpg11十日町の店舗.jpg07月岡神社より.jpg

 一説によれば、日本で七福神信仰が始まったのは室町時代。七福神めぐりとして人々に広く普及したのは江戸時代だという。そもそも“七福”とは火難、水難、盗賊難などの七つの厄難が消滅すれば七つの福が生じるという、仏教の“七難即滅、七福即生”という言葉が由来らしい。そして、この七福を願うのが七福神信仰につながったのだという。
 上山にもこの“七福神”への信仰がある。「上山七福神」は布袋尊が2ヶ所の“八福神”構成で、“上山七福神八霊場”の名を持っている。年の瀬も迫った12月。近頃“御朱印”を始めた連れの強力な後押しも手伝い(笑)、まだ見ぬ「上山七福神」を訪ねる今年最後の冬旅へ。
 市街地から蔵王方面へ車で約25分。まずは町外れの離れた場所にある「長龍寺」へ。寺は除雪車を避けながらの雪深い山道を登った先にあった。境内には堂々たるしだれ桜の大木が迫力満点の雪化粧で佇んでいる。ふくらはぎまで埋もれる雪に足をとられながら、ようやく寺務所の扉をたたき「七福神をお参りにまいりました」と告げると、「この雪の中、ご苦労さまです」と、ご住職自らが笑顔で出迎え。そのまま本堂まで案内してくださった。
 目指す福禄寿は内陣奥にあった。手を合わせたあと早速、御朱印をお願いし、本堂内をふと見上げれば、ここにも「ムカサリ絵馬」(詳細はこちらのブログを参照)がある。伺えば、寺の現ご住職は19代目。しだれ桜は築350年を数える本堂と同じ樹齢で、毎年春には美しい花を咲かせるのだという。
 ご住職に礼を言い、次に向かったのが宿にも程近い「圓通寺」の寿老尊。寺は閑静な住宅地にひっそりと建つ小堂で、七福神参拝は電話での予約が必要らしい。あいにく尊像の拝顔は叶わなかったものの、本堂前に設置されていたご朱印は無事押印できた。
 静かな雪景色の風情にほだされ、そのまま宿へと向かう足で、十日町周辺をぶらりと散策してみる。せわしい師走のせいか、はたまた急な雪のせいか、夕暮れ時を前に街は静かな活気を帯びているようだった。

13葉山舘玄関柿.jpg14葉山舘ロビー雪.jpg16葉山舘夕食.jpg
18葉山舘夕食.jpg20葉山舘夕食.jpg15葉山舘客室より夜雪.jpg

ふるさとが育む大地の滋味。
愛されワインと紅柿と。

 葉山舘のアプローチには上山名物、吊るし柿の姿も。上山は日照時間の長さに加え、蔵王から吹き降ろす寒風“蔵王おろし”や昼夜の寒暖差など、干し柿づくりに最適だという。実が柔らかく上品な甘さの上山の「紅柿」は人々に長年愛され続ける高級ブランドだ。
 雪景色の庭園鑑賞もそこそこに、まずは部屋の展望風呂で凍えたからだを温める。
 今日の夕食のお供は、上山地区で栽培されたヴェルデレー種とシャルドネ種をブレンドした辛口のスパークリングワイン。フルーティーな香りに広がるすっきりと心地よい酸味は「虎河豚の薄造り・皮の湯引き」や「和牛ヒレカツ」、上山伝統野菜の金谷ごぼうを添えた「国産うなぎ山椒煮の卵とじ鍋」との相性も抜群。上山はワイン用ぶどう栽培の適地で、現在はカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネ、ヴェルデレーの4品種を栽培しているとのこと。40年前に植樹したぶどう樹も今は古木に成長し、今後、益々良質なワインが期待できるそうだ。スタッフの方にすすめられ頂戴した、県産の100%柿ジュースによるフルーツカクテルも、甘さ控えめの好みの味わいだった。
 曇天の翌朝。朝食に登場したアツアツの山形名物芋煮うどんで力をつけ、残る6寺めぐりに向け、いつもより少し早めにチェックアウト。

28川口寺布袋尊.jpg27川口寺.jpg25川口寺.jpg
30朝の上山・蔵王山.jpg31蓬莱院.jpg32蓬莱院.jpg
33蓬莱院.jpg35蓬莱院.jpg36蓬莱院.jpg37蓬莱院.jpg

2体の布袋尊に願う福徳円満。
愉快逸話のモダン仏絵。

 葉山舘から車で約10分。布袋尊を祀る「川口寺」は国道458号線を南下し、上山バイパスに出る前の信号を右折した先にある。雪に映える漆喰の白壁をいただく山門の向こうには、禅宗寺院らしい切妻と唐破風屋根の本堂が見える。堂内は本尊の隣に祀られた観音像をはじめ、広々とした華やかな造りだ。
 どっぷりと量感のある布袋尊像に手を合わせ、御朱印を待つ間に伺った話によれば、像は約40年前、米沢の旧家にあったものが縁あって、この寺で預かったものだという。上山のパワースポットめぐりとして七福神めぐりを始めるため、それぞれの尊像を各寺に配した折、もともとこの寺にあった布袋尊が加わり“八福神”となったようだ。「福は幾つあってもいいわよね」と笑う連れ(笑)。穏やかな布袋様の破顔に、また手を合わせる。
 次なる「蓬莱院」へは少々、道のりが複雑だ。迷いながら向かう道すがらには、低くたなびく雲上に雄大な蔵王の山々が私たちの不安を励ましてくれた(笑)。
 ようやく辿りついた「蓬莱院」では先の寺から電話があったらしく、ご住職が雪かきの手を止めて私たちを歓迎。早速、毘沙門天を参拝し、極彩色の真新しい仏絵が施された本堂をあらためて見上げると、きらびやかな格天井に何ともモダンな絵を発見。実はこれ、ご住職が知り合いの仏絵師に2年をかけて描いてもらった力作とのこと。画題は仏教や山形にまつわる動植物を中心に、当時、流行していたものをセレクト。中にはなんとクリオネの姿も(笑)!絵が完成し天井に設置して初めて、肝心の山形名物サクランボを描き忘れたことに気付いたというから、連れも私も大爆笑(笑)。愉快な談笑に寒さも吹き飛んでしまった。230年の歴史を誇る寺には“海女の珠とり伝説”をもとに描かれた古い板絵もあり、新旧ともに興味深い奉納物が拝観できる。

39延命寺.jpg40延命寺.jpg43龍谷寺.jpg
45龍谷寺大黒天.jpg47龍谷寺.jpg46龍谷寺.jpg
45龍谷寺.jpg49龍谷寺ムカサリ.jpg50龍谷寺界隈.jpg51柿の色.jpg

伽藍の奉納物が語る祈りの美。
人々の信仰を育む古刹と名社。

 大黒天を祀る「延命寺」と恵比寿を祀る「龍谷寺」の両寺は、車で1分程の近接した場所にあった。大きな伽藍が印象的な「延命寺」の境内には、六地蔵が安置された地蔵堂もある。寺に人の気配はなく、電話も入れてみたが残念ながらお留守の様子。後ほど、ご丁寧にお詫びの電話を頂戴したものの、すでに夕暮れの帰路途中にて参拝は断念となった。突然伺う場合は、あらかじめ連絡をしておくと間違いなさそうだ。
 周囲の景色に溶け込むような「龍谷寺」では、柔和な表情の小ぶりな木彫の恵比寿像と対面。内陣の長押でひときわ目を引く僧侶の欄間や、裁縫の上達を祈願した巨大な裁縫絵馬など、この地で長い歴史を刻んできた学術的にも貴重な奉納物は見ていて飽きない。ムカサリ絵馬にも祝言絵図をはじめ、参詣図など、幾つかの形式があるようだ。寺のある周囲には蔵の風景も広がり、凍えるように立ちすくむ冬柿の熟れた実が、真白な雪原に目にも鮮やかな朱紅を挿していた。

53五巴神社.jpg57久昌寺.jpg56久昌寺.jpg60久昌寺.jpg61久昌寺布袋尊.jpg65久昌寺.jpg
63久昌寺ムカサリ.jpg62久昌寺.jpg66久昌寺謎の.jpg

 美しい佇まいに思わず車を停めた「五巴(いつつどもえ)神社 」は、次に向かう「久昌寺」のすぐ側の古社。説明書きによれば社は江戸中期、大凶作に見舞われた上山で、農民一揆の首謀者として処刑された5人の御霊を祀った社だという。豊作を祈る産土(うぶすな)社でもあるらしく、村人たちの宴を彷彿とさせる桜の古木に囲まれた境内は、無垢な雪に抱かれ厳かな風格をたたえていた。
 続く「久昌寺」も留守だったものの、本堂は開錠されていた。細部の彫り物など造作も立派な堂内はきらびやかで重厚感ある造りだ。布袋尊像は五色の幕を背にした堂内の奥に鎮座。すぐ傍に自分で押印できる参拝者用の印と朱肉も設置されているようだ。寺は山形百八地蔵尊の第十番霊場でもあるらしく、あでやかな袈裟に身を包んだ地蔵菩薩像も併置されていた。本堂入口の長押や壁には、実写を合成したムカサリ絵馬の他、商売繁盛を祈願した銭塔額もびっしりと並び、信仰の篤さを物語る。

67大慈院.jpg70大慈院弁財天.jpg71大慈院.jpg
69大慈院.jpg73大慈院.jpg74大慈院.jpg
81きたや.jpg80きたや.jpg82きたや.jpg83きたや.jpg

典雅流麗な智慧の女神と
雪が織り成す清浄の温もり。

 最後に訪れた「大慈院」は長閑な田園風景を抜け、小川に架かる朱塗りの橋を渡った先にある美しい古刹。門前には市の天然記念物でもある、さいかちの大木が番卒のようにそびえている。目指す弁財天は、本堂奥の位牌堂の中で私たちを迎えてくれた。
 …美しい。風になびく一瞬を切り取ったような水紋といい、流麗な衣といい、像はまさに婉美の一言。智慧と財をもたらす芸術の女神らしい、見る者を惹きつける神秘さにあふれている。案内いただいたご住職に伺えば、尊像は中国仏像彫刻の伝統を受け継ぐ大仏師の粛雨寒(しょううかん)氏の作とのこと。堂の奥には同氏作の天女像を左右に従えた菩薩像も安置され、装飾をあえて排した須弥壇に神々しく浮かび上がる御姿に、時を忘れて見惚れてしまった。境内には25年の歳月をかけ完成したという、見ごたえのある千体の地蔵菩薩を納めた「千体地蔵堂」もあり(ご住職のご厚意で拝観)、寺全体を包む清浄な気配に心洗われるひとときとなった。
 参拝後は再び市街地へと戻り、「黒ゴマタンタン麺」が評判の「きたや」へ。店は昨日訪れた「圓通寺」と同じ道沿いにあるが、馴染みの常連客向けなのか、看板も出ていない強気の構え(笑)。目当ての「黒ゴマタンタン麺」(750円)は辛みそベースに自家製ピリ辛ラー油と香ばしいすりゴマ、つぶゴマがたっぷり入った辛さと甘さが絶妙なバランスで、額に汗するアツアツぶり。連れが頼んだ「しお中華」(750円)も、モンゴル岩塩とかつお出汁がさっぱりとした正統派の味わいだった。
 今回訪ねた「上山七福神めぐり」は、少々分かりにくい場所もある。スムーズにまわりたいならカーナビを利用するか、事前の下調べをオススメしたい。寺の門前には目印の看板も設置されている。暖かい季節なら、長閑な田園風景を愛でながらの行脚も一興だろう。
 例年より早い大雪で、寺も雪囲いのしつらいに追われていた12月。全国に七福神めぐりは数多あるものの、丁寧に訪ねてみれば尊像も寺の風情も、みな個性あふれる時の物語に充ちていた。これもまた七福神のご利益がもたらす“一福”だろうか。
 帰り道、車窓に上山の美しい雪景色を眺めながら「次は樹氷鑑賞もいいわね」と、意気込む連れ。隣で密かに溜息をもらしつつ、湯にこもる厳寒の上山の魅力を想う自分に気付き思わず苦笑。やれやれ、今冬も、どうやらまた忙しくなりそうだ(笑)。

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2014年08月12日

7月 かみのやま城下町と湯町を巡る

激戦の舞台となった羽州の名城、
上山城の物語を訪ねて。

2014年7月某日

s01上山城01.jpgs02上山城郷土資料館01.jpgs06上山城天守閣眺望02.jpg
s08上山城郷土資料館04.jpgs10上山城茶屋02.jpgs11城廻路足湯.jpg
s13月岡神社03大笠松木.jpgs15城廻路01.jpgs17古峰神社01.jpg

 上山市は城下町、宿場町、温泉街の3つの文化を有する全国的にも珍しい都市だという。市の中心部を走る羽州街道は、かつて奥州街道と並び東北の大動脈として賑わいを呈した歴史を有し、街を歩けばあちらこちらに今なお往時を偲ぶ遺構が保存されている。じりじりと照りつける7月の陽射しの下、そのスポットを2人で尋ねてみることにした。
 まず向かったのは羽州の名城、上山城。天守閣のある山頂には専用の無料駐車場もあり、城の見学はもちろん、武家屋敷のある周辺の湯町を歩いて巡るにも便利だ。
 別名“月岡城”とも呼ばれる上山城は藩境の城塞として、米沢の伊達、上杉氏の激しい攻防戦の舞台となった。現在の城は1982(昭和57)年、旧二の丸跡に模擬天守として再建されたもので、内部は郷土資料館になっている。
 入館料(大人410円)を支払い中へ入ると、「ご案内しましょうか?」との声。市役所を退職後、ボランティアガイドを務めるという寺内さんのご厚意で、城下町上山の歴史や蔵王修験道の逸話など、立体的展示に富んだ見応えのある館内をじっくりと見学。中でも羽州街道の宿場、十日町の幕末期の町並みを示した“東講商人鑑”(あずまこうあきんどかがみ)なる資料は、当時のガイドブック的なものらしく、なかなかに興味深かった。ここは時間があれば是非、ガイドを伴った見学をおすすめしたい。蔵王連峰と上山市街地の360度の眺望が広がる最上階の展望台からは、先程見た“東講商人鑑”の絵図と今も変わらぬ町割りの十日町も見下ろせた。
 寺内さんに礼を言い資料館を出た後、すぐ傍の茶屋で山形名物パインサイダーとチェリーサイダーを購入し、風に吹かれながら木陰の足湯でのんびりと、景色を愛でる小休止。
 城の西側、旧本丸跡に建つ「月岡神社」の境内には、1878(明治11)年に200人もの人力で移設されたという見事な枝ぶりの御神木「大笠松木」もあった。時刻は丁度、子供たちの下校の頃。城を囲む桜並木の遊歩道では、ランドセル姿の小学生が、連れも関心するお行儀の良さで挨拶をしてくれる。微笑ましいその姿に言葉を返しながら、「古峯神社」から「月岡公園」を抜け城をぐるりと一周。園内からは上山ゆかりの歌人、斎藤茂吉が愛した蔵王の風景が、遠く夏の陽射しにまどろむように横たわっていた。

s19春雨庵01.jpgs21春雨庵05.jpgs24春雨庵08沢庵試食.jpgs23春雨庵09沢庵和尚.jpg
s28葉山舘ロビー庭02.jpgs27葉山舘ロビー活花.jpgs29葉山舘部屋風呂.jpg
s31葉山舘夕食03.jpgs33葉山舘夕食04.jpgs34葉山舘夕食06.jpgs36葉山舘風呂01.jpg

沢庵和尚ゆかりの草庵と、
季節をもてなす名宿の夏風情。

 宿へ向かう道すがら、“沢庵漬け”の考案者で知られる“沢庵和尚”こと、沢庵禅師ゆかりの「春雨庵」(はるさめあん)へ。ここは1629(寛永6)年、禅師が上山に配流された折に移り住んだ草庵だ。沢庵禅師はこの地で約3年間を過ごし、雨にけむる閑静な庵をこよなく愛し自ら「春雨庵」と名付けたという。徳川家光に赦免され、江戸に戻って東海寺を開山して後は、春雨庵を境内に移築。現在の建物は1953(昭和28)年、当時、庵があった場所に東海寺から春雨庵の一部を譲り受け再建したものだ。
 目指す庵は住宅街の一角にひっそりとあった。茶人でもあった禅師を偲び、南側には池を擁した茅葺の風流な茶亭と茶庭も配されている。庵内にはヒゲをたくわえた沢庵禅師のリアルな尊像が、私たちをドキリと驚かせてくれた(笑)。ふと視線を下ろした壺の中には「沢庵漬け」の試食も発見。禅師考案のレシピを再現したというそのお味は…これぞ保存食、の強烈な塩辛さ!連れも思わず顔をしかめる元祖味体験となった(笑)。
 ヒグラシの声に包まれ辿り着いた葉山館も、夏の装いに一変したようだ。紅花が迎えるロビーには、緑を映す池が涼やかな景色を奏でていた。汗ばんだ体を早速、部屋の露天風呂で洗い流し、宵闇の静寂を独り占めの大人贅沢。
 肉、魚、食事が2種類からそれぞれセレクトできるお待ちかねの夕食には、「合鴨ロースの和風トマト煮 冷製サラダ仕立」や「鱈場蟹と月山竹の子の天ぷら」、「焼穴子の卵とじ小鍋仕立」、「生雲丹丼」など、鮮やかで贅沢な季節の味わいが私たちを迎えてくれた。地元ワイナリーのロングセラーだという「蔵王スター」の軽めの赤ワインをいただきながら、感性あふれるひと皿、ひと皿に連れと何度も舌鼓。デザートには、旬を迎えた佐藤錦のサクランボもお目見えだ。山形の豊かな夏にあらためて感じ入るひとときだった。
 就寝前には広い大浴場での長湯をまた堪能。明日の出会いに静かに思いを馳せてみる。

s37花咲山展望台より01.jpgs38花咲山恋人の鐘.jpg
s39花咲山葉山神社より02.jpgs40花咲山葉山神社01.jpgs41葉山足湯湯あみ地蔵01.jpg

温泉+滞在+ウォーキング。
自然と親しむクアオルト体験。

 晴天の朝。チェックアウト後は、現在、温泉で推進している「クアオルト」コースのひとつ、宿の裏手にある小高い「花咲山」へ。「クアオルト」はドイツ語で“療養地・健康保養地”を指す。現在、かみのやま温泉では、気候風土を利用した疾病治療や予防の先進国であるドイツにならい、このクアオルトをいち早く取り入れ、「温泉+滞在+ウォーキングコース」での健康づくりに取り組んでいる。
 展望ポイントにもなっている山の頂きまでは、歩いて片道約1時間程度。ウォーキングコースらしい細い道沿いには桜や紫陽花、モミジも植栽され変化に富む景色が広がる。
 ちょうど中腹あたりだろうか。開けた視界に、景色へ突き出すように設置された展望台が現れた。ここからは上山市街はもとより、山形市街や遠く刈田岳や熊野岳など蔵王連峰が一望できる。人気の夜景スポットでもあるらしく、全国で100箇所程ある“恋人の聖地”のひとつしてカリヨンも整備され、先客のご婦人たちが高らかに打ち鳴らしていた(笑)。
 一息ついてさらに登った先には、746(天平18)年に開基されたという葉山神社が、素晴らしい眺めで私たちを慰労。下山後は、蔵王の山並みを仰ぐ麓の「ふれあい足湯」で、疲れた足へご褒美タイムとなった(笑)。

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s50武家屋敷三輪家07.jpgs55武家屋敷旧曽我部家02.jpgs59明新館跡.jpg

今なお人の営みに護られた、
武家屋敷群で夏のひと涼み。

 再び城のある界隈を訪れ次なる目的地、武家屋敷へ。屋敷群は昨日と同じ駐車場から数分歩いた先に森本家、三輪家、山田家、旧曽我部家と、4軒ある。石垣に土塀や中門など侍の居宅らしい風格あふれる建物は、約200年前に建てられたものだ。現在も住人が居るらしく、建物内の見学ができるのは「三輪家」のみ。とはいえ、人の暮らしの気配が、往昔そのままに感じられる風情は今や希少ともいえるだろう。 
 入館料(大人210円)を支払い上がった「三輪家」の座敷は、心地よい風が抜け意外に涼やかだ鼻孔に届く湿り気を帯びた古い家の匂い。続き間の間取りや見覚えのある調度類は、子供の頃に訪ねた祖母の家を思わせる。開かれた障子越しに風致を添える庭園。遠く響く子供たちの声に、時折、チリンと軒先の風鈴の音色が応える。「ほっとするわね」と、濡れ縁の椅子で寛ぐ連れに「ここで一日、読書でもしたいね」と私も合いの手。一瞬にして永遠にも思える、日本の夏にひたるひとときだった。
 並ぶ「旧曽我部家」も、藩政時代に造られた武家住宅の流れを持つ典型的な中級武家住宅だ。美しく手入れされた母屋の裏には、イベントの際に温泉街の女将たちが呈茶をするらしい休み処もある。館の近くには、かつての藩校「明新館跡」の碑もひっそりと佇んでいた。

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 道の先は、昔のかみのやま温泉の佇まいが今なお残る「湯町」だ。 城下町らしい鉤型の通りから続く路地には素朴でレトロな「共同浴場 ゆまちの湯」も。 「準備中だけど、見てく?」と、気さくな管理人の方に勧められ、営業前の風呂を見学させていただけば、番台のある脱衣所や趣あるタイル床の円形浴場、コンクリートむき出しの壁と、目の前に広がるのは紛れもない昭和の風景。これだから、街歩きはやめられない。
 別名「鶴脛の湯」(つるはぎのゆ)とも呼ばれたかみのやま温泉は、湯野浜温泉や会津東山温泉と並び奥羽三楽郷に数えられた名湯だ。約550年前、旅の僧、月秀が沼のほとりで足を痛めた鶴が脛(すね)を浸して治ったのを見て発見したという開湯逸話どおり、町には鶴が休んだ「鶴の休石」が今なお残る。傍らには、豊富な湯量を誇る当地らしい「湯町足湯」もあった。
 界隈は以前、蔵王の山々を借景に“氷すい”をいただいた茂吉ゆかりの「山城屋」(詳細はこちらのブログを参照)をはじめ、江戸時代の籾藏など、特に古い遺構が残る地域のようだ。

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s74下大湯公衆浴場01.jpgs76下大湯公衆浴場02.jpgs78下大湯公衆浴場03.jpgs81下大湯界隈02鏡石.jpg

人々の篤い信仰を伝える名刹と、
歴史を重ねる憩いの共同浴場。

 「御朱印帳ですか?」寺の関係者らしい、おばあちゃんに声をかけられ立ち寄った「上の山観音」(通称「湯の上観音」)。1109(天仁2)年の創建と伝わる由緒ある寺の本尊は、行基自らが彫ったという聖観世音菩薩像だという。歴代領主からも崇敬された寺は江戸後期に焼失したが、多くの熱心な信者の寄附により再建された。それを裏付ける逸話によれば、参道を支える敷石もまた、日陰の身の辛さを生きた“飯盛り女”と呼ばれる遊女らの寄進によるものだという。寺は“上山三十三所観音”の第一番としても知られ、境内には市指定文化財の「大日堂」や、珍しい温泉の手洗鉢「洗心の湯」もあり、本堂の向拝で目を引く昇龍と鳳凰、鬼瓦の見事な彫刻が絵になる風格を漂わせていた。
 高台にある寺のすぐ下には、歴史を誇る温泉のシンボル的存在の共同浴場「下大湯公衆浴場」の姿も。約400年前、上山藩主によって民衆に開放されたという浴場は、湯治をはじめ羽州街道を行き交う人々で大いに賑わったという。現在、風呂は1階で、2階は有料の休憩場となっている。高い天井の浴室は、古き良き時代の面影を漂わせたいい風情。入浴は入口でチケットを購入するシステムだ。通常は大人150円。洗髪する際は追加で100円支払うと、番台で蛇口の“コック”を貸し出してくれる。アナログながらも楽しいそのルールに、たまらずひと風呂浴びていくことにした。
 湯はワイルドにも、源泉と温度を調整する水をダブルで浴槽に直接注入。湯加減は熱め。ふうふう言いながら早々に上がり(笑)、出てきた連れと互いの感想で盛り上がる。建物の向かいには上山藩と山形藩の藩境に設置されたという石標「鏡石」が、真っ赤な顔をした私たちの姿を愉快そうに眺めていた。

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羽州街道の面影を残す十日町。
豪快美味な山形グルメの底力。

 下大湯から歩いて50mも行くと、城の展望台からも見下ろした昔の羽州街道、十日町に出る。現在、商店街となっている道には、今なお江戸の面影を残す蔵も見てとれる。路地裏には、時代劇のような木橋や豪壮な寺も立ち並び、かつての栄華を物語っていた。
 暑い中、ほうぼう欲張って少々、歩きすぎたようだ(笑)。疲れも空腹もピークとなり、宿からすすめられたそば処「さかえや」の暖簾をくぐる。私は人気の冷たいラーメン「中華ぶっかけ」(800円)、連れはシンプルな板そば(950円)を注文。運ばれてきたラーメンは、カリカリに揚げたボリューム満点の玉ねぎの天ぷらがこんもりと山を描き、麺が見えない(笑)。石臼挽きの粉で打つという板そばも、軽く2人前はあるだろうか。見た目のインパクトを裏切らないその味わいは、空腹を満たして余りあるまさにど真ん中の好みだった(笑)。山形の楽しく豊かな食文化に、またもや感服。
 文字どおり、降り注ぐような蝉時雨のなか、額に汗して温泉街の見どころを歩いてみれば、独り占めの夏を誰より贅沢に味わえるひとときだった。行先にささやかなテーマを持って出かける旅は、心躍るときめきと味わいをもたらす出会いの宝庫だ。それもまた、かみのやまの煌めく陽射しがくれる、夏の輝きかもしれない。





posted by kaminoyamaaruku at 16:04 | 日記 | 更新情報をチェックする
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